不用品といえば
二酸化窒素や硫黄酸化物とは違って、二酸化炭素の排出を規制することは必ずしも容易ではありません。
大気中に排出された二酸化炭素は、はやい速度で地球上にひろがってゆきます。
ほぼ一週間で全地球を一周するといわれています。
大気はもともと、人類全体にとっての社会的共通資本ですから、大気をどのように管理するかということは、国際間で協力して、取り決めなければならない問題です。
また、地球温暖化の被害をうけるのは現在の世代ではなく、将来の世代だということも問題の解決を困難にしています。
しかも、遠い将来の世代がもっとも大きな被害をうけると考えられていますので、現在の世代が充分な配慮をすることができないのです。
さらに、地球温暖化の主な原因である化石燃料の消費は大部分先進工業諸国でなされています。
また、産業革命以来化石燃料を大量に消費しつづけて、現在、大気中の二酸化炭素の濃度を高くしてきたのはもっぱら先進工業諸国です。
しかも、地球温暖化の被害をこうむるのは発展途上諸国です。
発展途上諸国の中には熱帯地域に位置している国も多く、地球温暖化の被害がいちばん大きいと考えられています。
リオーデージャネイロ会議で取り上げられたもう一つの議題は、生物種の多様性の喪失という問題でした。
地球上には六〇〇万から数千万種に上る生物種が存在すると推計されています49が、そのうち三〇%から五〇%の生物種が熱帯雨林のなかにあるといわれています。
これまでお話したように、熱帯雨林とその周辺に存在する多様な生物種は、人類の歴史で大きな役割をはたしてきました。
米、小麦などの農作物の大部分は、森林、草原からその原種がとられてきました。
また、病虫害によって全滅してしまった農作物について、森林、草原から、新しい生物種を見つけてきて、代替してきました。
また、現在使われている医薬品の三分の一以上が、熱帯雨林やその土壌のなかに生息する微生物、動植物からつくられたものであるということは前にもふれました。
生物種の多様性の喪失は、地球温暖化と同じような性格をもっていて、その解決は容易ではありません。
地球温暖化にかんする国際協定これまでくり返し強調してきたように、地球温暖化は、大気という、地球全体にとっての社会的共通資本をどのようにして管理するかという問題に関わってきます。
日本だけで、あるいは少数の国だけで、この問題を解決することはできません。
どうしても、世界中の国々が集まって協力しなければ、地球温暖化の問題の解決の緒を見いだすことはできないわけです。
一九八八年六月、カナダのトロントで開かれたトロントサミットのさいに、大気変化にかんする国際会議も同時に開催されました。
この会議で、二〇〇五年までに、二酸化炭素の排出量を二〇%削減するという計画が提案されました。
ついで、一九八九年一一月にオランダで開かれた世界環境大臣会議では、二酸化炭素の排出量をできるだけはやい機会に現在の水準に凍結することが決まりました。
このほかにも、地球温暖化あるいは地球環境一般について、数多くの国際会議や政府間交渉がもたれ、数多くの協定が結ばれ、言言が出されました。
ところが、これらの協定、言言のなかで、実行が期待されるものはほとんどありません。
おそらく、フロンガスにかんするモントリオール協定が唯一の例ではないでしょうか。
このように、これまでの国際協定、官言がほとんど実行をともなわないのは、それらがいずれも二酸化炭素や他の温室効果ガスの各国の総排出量を何%削減するとか、あるいは何年の水準に維持するという類いのものだからです。
たとえば、国際会議で各国の政府が、二酸化炭素の総排出量を現在の二〇%削減すると約東しても、それを実行に移す行政的、経済的手段をもたないのが一般的です。
日本、アメリカ、ヨーロッパの国々のように市場経済制度をとる国々でこのようなことが不可能なことはいうまでもありません。
旧ソ連のような社会主義の国でも、国全体の二酸化炭素の排出量を二〇%削減するとか、一九九〇年のレペルにおさえるといっても、具体的な手段はありません。
また、各国の二酸化炭素の総排出量を二〇%削減するとか、一九九〇年のレベルにおさえるという政府間の取り決め方には、公正という観点から大きな問題があります。
アメリカをはじめとする先進工業諸国は大量の化石燃料の消費をつづけてきましたし、現在でも、発展途上諸国に比べて比較にならないほど大量に消費しています。
先進工業諸国のなかでも、アメリカと日本を比べてみると、一人当たりの二酸化炭素の排出量はほぼ二倍の格差があります。
大気安定化のための国際協定は一般に、先進工業諸国に極端に有利で、しかも化石燃料を消費している国ほど得をするという反社会的な性格をもっています。
このような意味で、炭素税の制度が、現実に実行可能な唯一の大気安定化政策だといってもよいように思われます。
しかし、経済学者、とくにアメリカの経済学者が提案している炭素税の制度は大きな欠陥をもっています。
大気中の二酸化炭素は、はやい速度で循環しています。
したがって、経済学者が普通提案する炭素税の制度は、大気中への二酸化炭素の排出が、どの国でなされていても、同じ率の炭素税をかけようというものです。
たとえば、化石燃料を燃焼して、大気中に二酸化炭素を排出するとき、含有炭素一トン当たり一〇〇ドルの炭素税をかけるとします。
化石燃料の燃焼が日本でおこなわれていても、アメリカでおこなわれていても、また、インドネシア、フィリピンでおこなわれていても、一律に一トン当たり一〇〇ドルの税が課せられることを意味します。
日本の場合、温室効果ガスの排出量は、一人当たりの二酸化炭素に換算して、ほぼ二・五トンですから、一人当たりの炭素税支払いは二五〇ドルです。
日本の一人当たりの国民所得は六万九〇〇〇ドルですから、二五〇ドルの炭素税支払いは、ほとんど意識されないでしょう。
アメリカの場合にも、一人当たりの国民所得一万七〇〇〇ドルのうち、炭素税支払いは三四〇ドルで、これも無視できる額です。
ところが、インドネシアでは、一人当たりの国民所得は四〇〇ドルで、そのうち炭素税支払いは三〇ドルとなります。
フィリピンの場合も同様で、一人当たりの国民所得五〇〇ドルのうち、炭素税支払いは六〇ドルという高い割合を占めることになります。
一律の炭素税の制度は、国際的公正という観点から問題があるだけでなく、発展途上諸国の多くについて、経済発展の芽を摘んでしまう危険をもっています。
炭素税の制度が提案されるとき、発展途上諸国がつよく反対するのは当然だといってもよいと思います。
国際的公正という点を考慮にいれると、炭素税の制度はつぎのようなかたちをとるべきではないでしょうか。
大気中への二酸化炭素の排出に対してかけられる炭素税を、その国の一人当たりの国民所得に比例させるという制度です。
たとえば、日本で含有炭素一トン当たり一九〇ドルの炭素税をかけるとき、アメリカでは一トン当たり一七〇ドルとなり、インドネシアでは四ドル、フィリピンでは五ドルとなります。
インドネシアでは、一人当たりの国民所得四〇〇ドルのうち、炭素税支払いはニドル、フィリピンでは、一人当たりの国民所得五〇〇ドルのうち、炭素税支払いは三ドルですみます。
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